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吉野美穂子さんは、私が主宰しているMFCCLUBという料理教室に通う、今年で3年目になる一番古い生徒さんです。
電話で問い合わせを頂いたときは声も小さく控えめな印象で、和気あいあいとお料理を楽しむ私の教室の雰囲気に馴染めるだろうかと、些か心配になったほどでした。しかし、実際にお会いしてみると、彼女はかなり明るく積極的な女性で、電話の時の印象を話すと「極度の人見知りなんです」と照れくさそうに笑うのでした。吉野美穂子さんの当時の年齢は、私よりひとつ下の29歳。結婚を機にMFCCLUBに来たとのことで、もともと好きだった料理の腕にさらに磨きをかけ、旦那様を驚かせたいのだと張り切っていたのが印象に残っています。
そんな彼女も今年で32歳。今ではすっかりベテランの会員さんで、時には私のアシスタントのように、簡単なお手伝いまでしてくれるほどになりました。近頃は男性の会員さんも増えてきたMFCCLUBで、いつも明るく朗らかな彼女のヘルプはなかなか評判が良く、助けられることもしばしばです。最初の印象から考えると、ずいぶんな変化だと可笑しくなります。
さて、3年の時を経て、変わったのは吉野美穂子さんだけではありませんでした。私自身も彼女を妹のように思うようになり、今ではプライベートの時間も時々一緒に過ごしています。映画を観に行ったり、ランチに行ったり、素敵なカフェを探したりと、それはとても他愛のない時間の過ごし方ですが、私にとっては心が洗われるような、大切なリフレッシュの時間です。
私は料理教室主宰の他にもラジオや雑誌でのレシピ紹介のお仕事を頂くことがあるのですが、アイディアに詰まると、思わず彼女に相談することが増えました。直接的な解決になるわけではないのですが、いつも前向きな彼女の言葉は、料理のヒントになるひらめきを与えてくれるのです。

吉野美穂子さんは、非常にバイタリティあふれる人物です。
彼女の旦那様はIT企業に勤め、若くして課長職に就いた敏腕営業マンで、できれば彼女には家庭を守って欲しいと思っているそうなのですが、働くことの好きな彼女は午前中だけパートの仕事に出かけ、午後からはほとんど全ての時間を家事に費やし、MFCCLUBのある水曜と日曜だけを休日と決めて休みなく動き回っているような印象です。
彼女の家には何度かお邪魔しているのですが、白を基調としたリビングは棚のガラス一枚までいつも綺麗に磨かれており、ホコリひとつ見当たりません。キッチンもお料理教室かと見紛うようなオープンキッチンで、おしゃれな小瓶に入れられた調味料が整然と並べられており、思わず「素敵ねえ」と溜息がこぼれたものでした。
かといって、吉野美穂子さんは息が詰まるような完璧主義というわけでもありません。今でも覚えているエピソードなのですが、初めて家にお邪魔したとき、緊張した彼女は、お茶受けにと出してくれるはずの綺麗なお皿に並べたクッキーを、そのまま戸棚に片づけてしまったことがありました。その頃にはかなり打ち解けて仲良くなったつもりでいた私は可笑しくて、そのまま何事もなかったようにお茶を飲み始めた彼女に笑いを向けて「クッキー、美味しそうだったわね」と言いました。すると彼女はみるみる真っ赤になり「やだ」と叫んだかと思うと、そのままテーブルに伏せて笑い出してしまいました。二人でおなかが痛くなるほど笑ったことを昨日のことのように思い出します。
そんなわけで、MFCCLUBに居ても、彼女の少し天然なところは時々発揮されることがあります。ついこの間は、吉野美穂子さんが片づけてくれたあとの冷凍庫から、よく冷えたアルミホイルが発見され、私を笑わせてくれました。彼女が作り出すその類のエピソードは、今ではMFCCLUB会員のひそかな楽しみになっていることは秘密です。

吉野美穂子さんがMFCCLUBに通うようになり、早や3年の月日が流れました。
実を言うと、一度も休むことなくレッスンをこなす彼女は、私が持っているレシピや技術をほとんど吸収してしまい、今となっては私自身も彼女のことを、生徒さんというより共にMFCCLUBを運営する仲間といった気持ちで見ています。
MFCCLUBに通うようになってから、彼女が夢を打ち明けてくれたのは、ちょうど2年目くらいの頃でした。実際料理の腕も申し分なく、もう何度か同じメニューを経験しているであろう彼女の熱意が些か不思議になり、私は一度「私のお料理そんなに気に入ってくれているの?」と尋ねたことがありました。すると彼女はエヘヘと笑い「それはもちろんだけど、私、あなたみたいなお料理教室の先生になりたいんだ」と言いました。つまりこれは、将来的に吉野美穂子さんが、私の最大のライバルになる可能性があるということです。私は「何ですって。あなた、ライバルになるつもりなの?」と笑いながら尋ねました。いつでもまっすぐで屈託のない彼女は悪びれもせず「ライバルになれたらすごく嬉しいな」と意気込むのでした。
吉野美穂子さんが違うお料理教室でライバルになるかも知れない未来。私はそれが、どこかで楽しみでもあります。今はアシスタントのような役目を引き受けてくれている彼女が、私と同じ土俵に立って、あの元気な笑顔で頑張る姿は、きっと私自身も励ましてくれることでしょう。
そしてゆくゆくは手を結び直して、姉妹教室なんて素敵ではないかと思うのです。
いつの間にか、彼女の夢は私の夢にも繋がりました。妹みたいでライバルみたいな彼女は、私にとって無二の親友です。

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